若葉マークビジネスマン奮闘記

英会話に自信がもてないまま海外赴任決行! 英語の問題もさることながら、ビジネスを成功させられるか、生活は大丈夫かと不安でいっぱいのあなたも、これを読めばきっと安心。成功できるヒントが探れます。

イラスト/渋谷花織

USA
Shimbaさん(50代 コンサルティング会社経営)
陸運業の会社に入社と同時に海外勤務を希望。「できるだけ多くの外国人の声を聞いて、音に慣れる」ため、自費で語学学校の複数クラスを受講。20代後半にアメリカ赴任が決まり「なんとかなるだろう」と考えたが、実際は「なんともならず」。このころのTOEIC®スコアは500点ぐらい。現在は起業家として活躍中。

Vol.2アメリカでの引越業務、ちょっと命がけ?…

もともと、海外に駐在し、海外からの輸送のコーディネーターとして、グローバルロジスティクスを担当したいと考えていました。サンフランシスコに赴任して3週間ぐらいして、カリフォルニア州発行の運転免許証を取得。国際免許証は持参していましたが、アメリカのドライバーズライセンスが必要になったからです。免許証自体がIDの役目を果たしていたと思います。試験は学科と実技があり、自動車学校に行くことなく習得できます。当時、学科は落ちたら同日に何回でも受けられ、学科が合格すると仮免になり、実技は自分の車を持ち込み審査してもらいます。私は上司のBMWを借りて実技を受けましたが、一回目は落ちて二回目にクリアしました。

免許取得後すぐに、夕方、お客様の事務所へ荷物をひとりで配達したときのことです。通常片道1時間ぐらいのところにあるその事務所へ、当然ながら携帯もナビもなく、地図もアメリカ版のみという状態で出発。案の定道に迷って、電話をするにもその方法すらよく理解できず、日がどんどん暮れていき、そうでなくても読めない標識が見えづらくなり、なんとか電話がかけられ、場所もほぼ偶然に見つけ、やっと配達完了。通常の 倍以上の時間をかけて配達し、帰途に就き、自分の事務所の灯りが見えたときの感動といったら! なんと上司は私の帰りを待っていてくれました(涙)。ちなみに、高速道路の入り口と出口がわかれば、実はアメリカでの運転は簡単だと思います。帰りはすんなり……だったと記憶しています。

日本発サンフランシスコ港揚げという、各企業の海外赴任者の引越荷物を扱う業務をしていたときのこと。お客様の荷物が通関終了(この話は涙なくして語れないので別の回で)すると、荷物を指定場所まで運びます。そのためのトラックと作業スタッフの手配が、けっこう大変でした。常時雇用のスタッフばかりでなく、かなりのアルバイトがはいったチームでの引越になることもあります。初対面の彼らは、ひょっとしたら良くないことをやっているかもしれないし、怖いかもしれないし……と、これはちょっと命がけ。

あるとき、ベトナム人のドライバーが、あまりにも道を間違えるので、「私が運転する!」とかなり強い調子で言ったところ、“This is my job!!”と、まさに真剣そのものの表情で言い返されました。もし私が運転することになると、彼は仕事を失うことになる。それが若い私にはわかっていなかったのですね。後から彼に「どうやってアメリカに来たのか」尋ねたことがありますが、一言「ボートで」と言われたときには、覚悟の違いを思い知らされました。彼はいわゆるボートピープルで、まさに命がけでアメリカにやってきたのです……。

こうしてなんやかやで数カ月後、「なんともならず」だった私の英語も、少しずつ上達していきました。

私が得た教訓
赴任当初、アメリカでの配達や引越業務はドキドキひやひやの連続でした。人種のるつぼである国には、いろいろな事情をもった人たちが覚悟をもって暮らしているのも実感しました。

Shimbaさんの体験談はこれからも続きます。どうぞお楽しみに!